《諏訪康雄先生((当NPO理事長:法政大学名誉教授)のシリーズエッセイ10》 「経団連会員企業の新卒採用基準を考える」

「経団連会員企業の新卒採用基準を考える」

■ 経団連調査のポイント

日本経済団体連合会(経団連)は、毎年、大卒等の新卒採用をめぐって、会員企業に対しアンケート調査をしています。日本の若手人材登用の傾向が観察できる重要な調査の一つです。

新卒一括採用をめぐる見直し論、終身雇用制をめぐる議論など、日本型雇用慣行の変化がどうなるかは、多くの企業や働く人びとの関心を呼んでいます。

上記調査結果のうち、新卒採用をめぐって重視した事項(問い20項目から5つまでの複数選択)の順位は、今世紀に入って以来、そう大きく変動しませんでした。不動のトップは「コミュニケーション能力」、それを選択した会社はこのところ、8割を超えています。そして、2010年以来の2位は「主体性」で、6割を超えます。

こうした回答の傾向は、日本の大企業がなにを重視して新人を採っているかを物語ります。

まず、2019年春入社になる人たちの「選考にあたって特に重視した点」の順位表を確認しておきましょう。

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順位   項目                              (%)
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1位  コミュニケーション能力      ********************* 82.4
2位  主体性                      **************** 64.3
3位  チャレンジ精神              ************ 48.9
4位  協調性                      ************ 47.0
5位  誠実性                      *********** 43.4

6位  ストレス耐性                ********* 35.2
7位  論理性                      ****** 23.6
8位  責任感                      ****** 22.1
9位  課題解決能力                ***** 19.8
10位 リーダーシップ              **** 17.1

11位 柔軟性                      **** 15.0
12位 潜在的可能性(ポテンシャル)*** 13.5
13位 専門性                      *** 12.0
14位 創造性                      *** 11.1
15位 信頼性                      *** 10.9

16位 一般常識                    ** 6.5
17位 語学力                      ** 6.2
18位 履修履歴・学業成績          * 4.4
19位 その他                      * 3.9
20位 留学経験                    0.5
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出所)経団連 2018年度 新卒採用に関するアンケート調査結果

すぐ気がつくのは、認知的能力(cognitive ability)のコアをなす「学力」をめぐる項目が押しなべて下位にあることです(13位の専門性12.0%、17位の語学力6.2%、18位の履修履歴・学業成績4.4%)。

20位の留学経験0.5%は、学力に関することばかりではなく、留学で体験した異文化対応力などもみていることでしょうが、語学力や外国語での知的問題処理能力も含めると、学力関係の項目に当たりそうです。
それにしても、日本を代表するような企業1000社のうちたった5社しか留学経験を重視しない割合ですから、「若者よ、世界体験をしよう!」といくら呼びかけたところで、海外留学を躊躇するのも、まったく不思議ではないようです。

それに対して、1位から11位までと、14位、15位などは、どれも非認知的能力(noncognitive ability)に相当するものばかりです。2000年にノーベル経済学賞をとったジョージ・ヘックマン教授は、これらを性格スキル(character skills)と呼びましたが、いわゆるEQ(心の知能指数 emotional intelligence)なども非認知的能力の一種でしょう。

ここでは、1位から10位までの各項目で、経済産業省が唱える「社会人基礎力」に対応するものをみてみます。すると、下の表のようになります。

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1位  コミュニケーション能力         →  ③チームで働く力
2位  主体性                         →  ①前に踏み出す力
3位  チャレンジ精神                 →  ①  〃
4位  協調性                         →  ③チームで働く力
5位  誠実性                         →  ③  〃
6位  ストレス耐性                   →  ③  〃
7位  論理性                         →  ②考え抜く力
8位  責任感                         →  ③チームで働く力
9位  課題解決能力                   →  ②考え抜く力
10位 リーダーシップ                 →  ①前に踏み出す力
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すなわち、社会人基礎力を構成する3つの能力要素のうち、
①前に踏み出す力(指示待ち人間は困るね)が 3項目
②考え抜く力(マニュアル人間も困るね) が 2項目
③チームで働く力(一匹オオカミも困るね)が 5項目
となっていて、社会人基礎力に該当する能力要素ばかりです。

これによると、大企業は、会社組織を支える正規雇用者(正社員)の採用に当たっては、一に「チームで働く力」、二に「前に踏み出す力」、そして三に「考え抜く力」を備えた人材を、選別しているようです。

しかも、圧倒的に「チームで働く力」の有無を検討しているようです。そのうえで「前に踏み出す力」をもち、さらに「考え抜く力」を要求していますが、対応項目数の比率から重視度は「5 : 3 : 2 の割合」となるのでしょうか。

学校教育の3大課題は昔から「知育・体育・徳育」だといわれます。でも、上記表の項目で「知育」は、7位の論理性と9位の課題解決能力が関連していますが、「体育」の目標となるはずの体力はまったく顔を出していません。

「徳育」は、それ自身で有名な学校はほとんど知られていません。ですが、社会的な能力(social skills)あるいは学力などの基礎にある一般的な能力(generic skills)にかかわるものが含まれ、それらは正課授業で教育されるというよりは、クラブ活動などの課外教育で育成されていることが通例です。社会に出てから企業や地域で力を発揮するうえできわめて大事な能力なので、これを「社会人基礎力」と呼び、その育成の必要性を喚起したのが経済産業省の研究会でした。

日本の企業は経験的に、そうした非認知的能力の重要性を知っていて、これを人材選考の核にしているようです。

■人材選考の実態

専門性や成績基準を重視せず、候補者の非認知的能力・性格スキル・EQなどを重視して人材を選ぶのは、日本的雇用慣行の特徴だといわれます。

とりわけ文系人材の場合、傾向として専門性や成績基準などによって「ジョブ型」で選別し、専門職人材を育成していく方式をとらず、企業組織を担う、職場チームへの適合能力が高い社員を採用し、あれこれの業務や職場を渡り歩かせ、総合職人材として育成する「メンバーシップ型」だからだと指摘されています。

では、学力や体力は二の次かというと、そんなことはないようです。

いわゆる「地頭の良さ」を出身大学の偏差値水準でグループ分けし、難関大学出身者のうちでは体育会系あるいはスポーツ系サークル、とりわけラグビー、アメリカンフットボール、野球などのチームプレー重視のクラブ出身者を優先採用している企業が多いことは、公然の秘密です。

つまり、クラブ活動にのめり込めばのめり込むほど、大学段階の学業能力の鍛錬は二の次、三の次となりがちです。でも、大学入学時点の知的到達力でまず認知的能力による選別をしてもらえ、さらに運動系の部活に耐えることで鍛えられたチームワーク力やチャレンジ精神、胆力などの非認知的能力をみてもらえますから、一定水準以上の大学に入学しさえすれば、安心して部活に専念できるというわけです。

ですから、経団連調査には、そもそも「体力」関係の項目はなくても構わないし(「その他」に少しはその趣旨の回答が含まれているかもしれませんが)、「学力」関連の項目への関心も低く出ていると推測されます。

実際、入社後、持ち前の地頭やチームで働く力、競争心、チャレンジ精神、主体性などを活かして出世したらしい企業経営者のなんと多いことか。日本経済新聞の「私の履歴書」や「交遊抄」「こころの玉手箱」などを読むにつけ、組織運営とスポーツチーム運営の間にある共通性には驚きます。そして、自虐的にでしょうが、学生時代いかに勉強しなかったかとか、懐の深い教授に救われたかなどの体験談を自慢する経営者もまた、少なくありません。

この点、専門職として頭角をあらわした人たちの場合、スポーツを楽しむにしてもそこまで運動にのめり込んだ人は多くなく、むしろ考え抜く力を鍛える学術系の部活動や資格試験の勉強などに多くの時間を割いた事例が主流です。当然、そうしたタイプの学術系教授は、大学のスポーツ推薦入試や体育会系学生の成績評価にあまり好意的でない人が多く、少数派の運動部上がり教授とはよく論争していたことなどを思い出します。

■新卒採用方式のツケはどこに出るか?

日本は伝統的に、学校教育における人材育成の中身と、企業組織における人材育成や活用の中身とが、はっきりとした社会的分業の体制をとってきました。ですから、学校でのハイパフォーマーが社会でのそれとは違ってきても当然です。それに「学校時代の劣等生が会社を創り、優等生はそこに雇われる」といった類いの俗言は、どこの国にもあります。

日本でも理系人材の場合、大学や大学院での学業成果は企業からもっと重視されますから、いわば程度問題ではありますが、社会の多数を占める文系人材の採用方式と育成・処遇方式である日本型雇用慣行の方が、より大きな社会的インパクトをもってきました。

日本型雇用慣行のツケとして国際比較で顕著なのは、女性の活躍が先進国内できわだって劣後している点です。44歳以下の若手人材が就業人口の半分未満となった現在、そのまた若手の半分である女性が活躍できる領域が限られていることは、社会的な痛手になっています。

景気動向を反映し、年度によって新卒採用数の上下動があり、新卒採用が抑制された人びと(いわゆる就職氷河期人材)が良好な就業機会から締め出され、結果的に人材としてのキャリア形成に問題を抱えることが多い実態も、今や社会の共通認識です。人的資源のフル活用という視点から大きな問題です。

また、45歳以上の中高年の処遇においても、多くの課題をもたらしています。年功序列的な昇進昇格ができなかったり、役職定年になったりしたためモチベーションが下がった中高年が増えたりするからです。昇給などが重荷となり、中高年を対象に早期退職募集をかける企業が増えているといわれます。

こうなると企業は「終身雇用」「長期雇用」といっても、実際は39歳や44歳までしか処遇を保障できないと発信しているようなものです。そこで、その年齢までに元がとれるようなキャリア形成やスキル付与、処遇などを再設計しなければ、優秀な若手を採用できませんし、保持しつづけることができません。ところが、そうした方向に向かえばむかうほど、企業に残った45歳以上の中高年への対応が厄介になります。

さらに、年功序列人事で経営幹部になった役職者の「論理的能力」や「課題解決能力」「リーダーシップ」「創造性」に不満を述べる経営者や部下たちが少なくありません。ですが、経団連調査によれば、そもそも「論理性」は7位、「課題解決能力」は9位、「リーダーシップ」が10位、「創造性」に至っては14位ですから、当初からその種の能力は二の次、三の次で人材を選別してきているのですから、能力適性からして大きな課題を抱えています。

よほど採用後の育成や業務配属で、これら能力を鍛えていかないかぎりは、もともと弱かった能力が自動的に高まるはずはありません。しかも、上意下達型の組織運営をしていると、若手社員に「論理的能力」や「課題解決能力」「リーダーシップ」「創造性」などを発揮する場が限られてしまいますから、指示待ちの忖度や前例踏襲といったスキルの習熟はたしかに進むかもしれませんが、本来もっていたかもしれない前に踏み出す力や考え抜く力が維持されないどころか、むしろ低下したころに役職昇進となり、上や下からの不満を買う羽目となりかねません。

かつての高度経済成長時代には企業活動がきわめて活発で、上の世代も経験したことのないような業務が次つぎに生まれ、若手も成長機会がふんだんにありましたから、地頭が良く、非認知的能力も備えていさえいれば、鬼に金棒でしたでしょう。けれども、安定成長、低成長と経済活動がだんだんに不活発になれば、その種の自然なキャリア形成の機会も減っていきます。

さらに、高度知識社会へと移行していくことで、社会の変化速度が上がり、求められる専門性の程度も上がったことにより、他の先進国では大学院進学率が高まりましたが、日本はその例外にあります。こうして日本型雇用慣行では専門職への組織的な期待と対応が高まらず、処遇方式の見直しも進まなかったため、日本発の新たな製品、サービス、ビジネスモデルなどに魅力的で高付加価値なものが乏しくなり、日本の国際的地位は低下傾向にあるようです。

■現状からの脱皮は?

そのような事態を眼前にして、日本型雇用慣行を従来どおりには維持できず、メンバーシップ型を改め、ジョブ型に移ろうとする声が高まっています。

とはいえ、そうするためには入社以前の学校教育の変容が必要なだけでなく、会社の人事制度には経路依存性(path dependency)や慣性の法則(inertia)が働きやすいため、従来の制度でキャリア形成をされてきた人材を、ある日突然、180度転換するような方向へと移行させることは実に容易ではなく、勤続してきた人材のモラールやパフォーマンスの低下を起こさせがちです。

そこで、ジョブ型に移行するにしても、まずは新卒採用や若手からというのが自然で、慣れ親しんだ状態からの変化への抵抗感が強い中高年は後回しとなることは多いようです。その場合、若手からは「働かないおじさん」への批判が噴出しがちとなります。そこで極端な場合は、中高年に早期退職を呼び掛ける一方で、若手を多めに採用するといったこともあるようです。

しかしながら、現在から近未来にかけての労働市場では、中高年の数は多くとも若手労働者の数は限られていますから、競争力や将来性があり、若手人材から評価される人事制度や社内環境を作れた会社以外では、ジョブ型への移行の目標達成が簡単ではないことでしょう。

移行期にありがちなように、中途半端な改革姿勢をとると、従来の制度のメリットが壊れる一方、新たな制度のデメリットばかりが目立つというようなことになり、それでは雇用慣行の変化は円滑に進まないことでしょう。

GAFAのような新規の有力企業が急速に育ち、そこでの新しい人事制度や雇用慣行が若手人材の労働市場や学校教育に影響を与えていくようになれば、インパクトの大きい変化もありえましょう。ですが、そもそもベンチャー企業を育てる風土の弱い日本では、そこまで行くのは難しいかもしれません。

バブル経済崩壊後、平成時代の30年間に日本型雇用慣行の問題点の指摘はほぼ出尽くしています。にもかかわらず、安定志向や前例踏襲を無難とする社会意識や、割り切ったプロスポーツチーム型でなく疑似家族的あるいは共同体的な方向を是とする組織文化は根強いものですから、いまだ大きな転換には進んでいません。

キャリア展開をめぐる個人と組織のウィン・ウィン関係を、どう新たに構築していくか。少子高齢化の進展がさらに進むなか、これからの10年間の動きはきわめて重要だと思われます。

その試金石の一つとして、本稿でとりあげたような新卒採用時の重視事項がどう変化していくのかには、目が離せません。