《リレーエッセイ4》 当NPO理事 菊池 桃子 様

《リレーエッセイ4》「共に、という感覚」
認定NPO法人 キャリア権推進ネットワーク理事 菊池 桃子

先日、娘の高校の保護者会に出席した。先生が生徒たちに学園生活の中で自分以外の人と歩調を合わせる“きょうどう” 「漢字で書けば“共動”」の精神を身につけて欲しいと熱心なお話をしてくださった。

キャリア形成論や労働関係に出る言葉「共働・協働」の土台であろう。 私の「ライフ・キャリア」、「ワーク・キャリア」をさかのぼると、“きょうどう”を意識したのは8歳のとき。ピアノ教室の先生からいただいた言葉がきっかけだった。 5才でピアノ教室に通い始めた私。ピアノの稽古には新しい曲を1つずつクリアしていく喜びがある。レパートリーが増えるのは楽しいもので、達成感の積み重ねを覚えていった。

1年に1度、ピアノ教室の生徒たちは小さなホールでの発表会に参加する。先生は始めたばかりの子供にも簡単な曲を用意して参加の機会をつくってくださり、全員参加は習いたての子供の気持ちをも奮い立たせていた。

私は、始めてから3年目までは先生が選んだ楽曲を発表会で披露していたが、4年目となった小学2年生のときに先生は、「自分で選んでごらん」と、手本の演奏が20曲ほど録音されたカセットテープを手渡してくださった。 テープには予想以上に難しいクラシックの名曲が収められていた。幼い私は怖いもの知らず。勢いで「ショパン作・ワルツ 遺作 イ短調」を弾きたいと申し出た。 音域が広く身体の小さな私には腕を目いっぱい広げても演奏が難しい(その年齢女子の平均身長は125cmほどだ)。また、音を響かせるための足元のペダルも操らなくてはならない。

親は不安だとか、他の曲を選ぶようにとか(記憶では……)言っていたが、先生は「やってみるべきだ」と強く背を押してしてくださった。しかし条件が付く。 「独奏は自ら選択したショパン、連弾(1台のピアノを2人で弾くもの)は先生が選んだ無理のない楽曲を弾くこと」ということ。独奏では「挑戦」、連弾では「責任」をそれぞれ感じなさいと。

当時は幼くて、すぐに意味を理解することはできなかったが、数年後には、「自分を高める挑戦の範囲」と「チームとして役割が果たせる範囲」を意識することだと受け止めていた。 毎年出場したピアノの発表会。いつしか独奏より連弾の方が好きな自分がいた。何かをやり遂げたとき、1人で成功を喜ぶより、誰かとハイタッチする方が楽しい。 この感覚は現在の仕事にも息づいている。社会のなかでの関わりを考えると、言うまでもなくキャリアは1人で歩むものではない。“共に”という感覚を教えてくださったピアノ教室と先生に感謝する。