《トップインタビューシリーズ 3》 独立行政法人 国立公文書館長 加藤 丈夫 様
「専門外の優れた人と対話をする」ことが大切です
(2014/7/18)
《トップインタビューシリーズ 3》
「専門外の優れた人と対話をする」ことが大切です
独立行政法人 国立公文書館長 加藤 丈夫 様
―先進諸国に先駆けて、日本は超高齢化社会に突入しました。定年延長制をはじめシニア人材の雇用を巡って企業各社が対応に迫られている状況です。そうした中、富士電機社では加藤様が会長職在任時であった2000年に早くも65歳定年制を導入したことで話題となりました。
労働人口の高齢化に従来型の定年制度が追い付いていないことは明らかでしたので、65歳定年制の導入に特別なことをしたという思いはありません。重要なのは制度を導入することではなく、それを目的通りに活用してもらうことです。
実際に制度が期待通りに活用されるためには、社員と会社それぞれに相応の覚悟が必要となります。社員側には雇用されうる能力を持ち、発揮し続ける覚悟。会社側には個人を受け入れ、適材適所を実現する覚悟です。シニア人材の雇用において、気力・体力の衰えはもはや大きな問題ではありません。
問題はやはり能力です。シニアになるまでの職業人生においていかに専門能力を高めてきたのかということが大きく問われることになります。
―なるほど。それでは加藤様にとってキャリアとはどのようにお考えでしょうか?
私はキャリアを「仕事を通じた専門能力を高めること」だと考えています。
元電通の藤岡和賀夫さんが提唱された「オフィスプレイヤーへの道」では、ビジネスパーソンの成長過程を「スレイブ(slave)→ワーカー(worker)→プレイヤー(player)」という3段階に分けています。「スレイブ」とは、仕事の基礎をゼロから学ぶ下積み期間のことです。その後、徐々に専門能力を高め、ある程度自分の裁量で仕事を進める「ワーカー」へと成長します。ワーカー期に専門能力を高め続けることができた人のみが成長の最終フェーズである「プレイヤー」へと成長します。プレイヤーはすべて自分の裁量で仕事をするプロフェッショナルのことです。ここ最近の傾向として、専門能力を高めることへの意識が全体的に低下しているのではないかと心配しています。
―専門能力を高める意識が低下しているというご指摘は興味深いです。それぞれのフェーズから詳しくお伺いできればと思います。まずスレイブ期についてですが、加藤様は以前、開成学園の理事長・学園長もお勤めでした。これから社会に出る学生を見ていて、スレイブ期に対する若手の変化をお感じになることはありますか?
まず、学生によくある誤解が「自分に合った仕事を探そう」という考えです。でも、この考え方は普通に考えて無理があるでしょう。そもそも、学生は仕事をしたことがないわけですから。
もちろん、学生側だけの問題ではありません。「キャリア教育」という耳触りの良い言葉で学生をその気にさせる周囲の大人にも問題があります。私が学生に対してよく言うのは、「何人かの信頼できる先輩に聞いて、先輩がやってみたら?というものを信じて、まずやってみなさい」ということです。その仕事が自分に合うかどうかは、実際にやってみる中で自然に分かってくるものです。
それから、入社初期の若手社員によくあるのが手軽に取得できる資格など分かりやすい専門性を安易に求めすぎてしまう風潮があるということです。仕事によって専門能力の習得にかかる期間は異なりますが、いずれにしても価値の高い専門性はそんなに簡単に手に入るものではないということです。
―なるほど。それでは、ワーカー期についてお伺いします。私は中高年のキャリアに関する研究を専門にしていますが、専門能力に対する健全な危機意識がキャリアにおいて重要であることが分かっています。上から与えられた仕事をこなすことだけに精を出し、管理職層に登用された人が中高年になったある日突然、自分で仕事を創りなさいと言われて何もできない、ということがよくあります。加藤様の場合は、ワーカー期をどのようにして乗り越えていらっしゃったのでしょうか?
ほとんどの仕事に共通して言えるのが、8~9割程度がルーティンな業務だということです。それは管理職においても例外ではありません。いうまでもなく8~9割のルーティンな仕事は、指示待ち人間でも十分にできてしまいます。
しかし、仕事の専門能力を高める鍵はそのルーティンな業務ではなく、残りの1~2割の部分に隠されています。1~2割の業務にこそ、創造性が求められ、能力を最大限に発揮しないと対応できないエッセンスが凝縮されています。しかし、その時は1か月に1度訪れるかどうかという頻度です。
つまり、いつ訪れるかわからないその時に備えて、日々のルーティンな仕事にも緊張感を持って対応することができるかという勝負です。これを実践できている人は驚くほど少ない。みんな日常のルーティンな業務に追われるだけで仕事をした気になり、油断するのでしょう。ある程度仕事ができるようになったワーカー期の仕事に対する取り組み方でその後の成長は大きく左右されると思います。
―加藤様のお話を伺っていると、単純に次から次へと経験を積み重ねていくのではなく、過去の経験を内省して理論化・哲学化しながら、次の経験を得るというプロセスを繰り返し実践されているような気がしました。それでは、プレイヤー期についてはいかがでしょうか?
ここで重要なのは、「専門外の優れた人と対話をする」ということです。ここでのポイントは2つあります。
まず第1に、できる限り多くの時間を専門外の人と付き合うことに費やすことです。専門外の人と付き合うことで自分自身の専門の限界や陳腐さ加減ということが嫌というほどよく分かります。そこで得た様々な学びが次への励みになります。そして第2に、対話をするということです。私は「対話が価値を生む」という言葉を人生のモットーにしているほど、対話の力を信じています。多くの人は対話の重要性を頭では理解していながらも、実践できていないように思います。よく職場で管理職が部下と対話をしたいという話を耳にしますが、そこで見られるのは上司が一方的に話している光景です。対話はまず聞くことから始めなければいけません。実際に意識をしてやってみるとよくわかるのですが、対話とは相当な忍耐力を必要とするものです。
―なるほど。専門外の人との対話を通じて、自分自身の専門能力を批判的に見つめ直すことでより質の高い内省に繋げるということですね。これまで、3段階の成長モデルを基に専門能力を高めるポイントと陥りがちな罠について具体的なお話をお聞きしました。それでは、個人が専門能力を高め、豊かなキャリアを歩む上で、支援者としての人事部門に求められる役割とはどのようなものだとお考えでしょうか。
人事部門に求められるキーワードは、「良識を持つ」と「ぶれないこと」です。 まず、良識についてですが、最近、過度な残業を強いていながら残業代を支払わない問題や正社員と非正規社員が同じ仕事をしていながら処遇格差が生じている問題など、人事の良識を疑ってしまうようなニュースを耳にすることが増えています。これは由々しき問題です。人事とは本来、働く社員の鏡であるべきで、良識を自らの態度で率先垂範するべき部門です。良識を養う上でも専門外の人と付き合い、多くのことを学ぶことをお勧めします。
また、「ぶれないこと」については経営・従業員と対峙する際のスタンスのことです。人事には、経営と従業員の双方の利益を最大化する役割が求められます。経営とは、本来、数字を基に合理的に判断していく仕事です。しかし、人のキャリアを預かる人事部が経営と同じ発想では困るわけです。短期的には経営と社員の利益が相反することであっても、中長期的には両者の利益は必ず一致するはずです。人事は経営からの御用聞きになって短期業績志向に囚われず、中長期の人材育成を第一の目的にぶれずに行動する必要があるのではないでしょうか。
―人材育成やキャリア形成には多くの時間がかかるため、経営から見れば短期的にはコストという扱いになり、景気が悪い時には安易に予算を削減されやすいものです。だからこそ、人事は中長期の視点に立ち、人材育成の意義を主張し続ける必要があるということですね。とても共感するお考えです。人材育成についてどのような問題意識をお持ちでしょうか?
本当に必要なところに人材育成投資がなされていない問題があります。
例えば、正社員に比べて非正規社員の教育機会が圧倒的に足りていないという問題です。近年、非正規社員の処遇改善を図ろうとする取り組みも見られます。しかし、まず行うべきは処遇改善より専門能力を高める教育機会の提供です。なぜなら、それが長期的な企業の成長を下支えしているだけでなく、個人のキャリアにとっても将来的な雇用の維持に繋がるわけですから。
また、これは個人や企業に限った話ではなく、国レベルで考えても同様です。成長分野である農業や医療・介護の分野にはもっと人材育成費用を投資する必要があります。そうしないと、日本の産業の衰退を食い止めることはできません。
―いまだに高度経済成長期の人材育成モデルを踏襲している日本企業も決して少なくありません。従来の人材育成モデルではグローバル競争で通用しないという考え方もありますが、いかがお考えですか?
高度経済成長期は、企業が大学教育をあてにせず、何色にも染まっていない学生を大量に一括採用し、企業のカラーに染めるという仕組みです。入社後、画一的な教育を施し、社員のベクトルを一つに合わせることに人材育成の主眼が置かれていました。
一方、グローバル時代においては一括採用・画一教育のモデルは適していません。なぜなら、一人ひとりの個性や能力を発揮するダイバーシティを軸に据えた経営を行う必要があるためです。つまり、平均点が総じて高い人材よりもある分野において傑出した専門能力が価値を発揮する時代と言えます。
しかし、おっしゃるように多くの企業が従来通りの採用育成手法を引き継いでいます。そもそも3月卒業の学生を受け入れる前提で採用は進められているため、卒業時期が約半年ずれている海外大学出身者は不利な状況です。それでは、国内の優秀な高校生が海外に目を向けようとしないのは当然です。グローバル人材を育成することを本気で考えれば、従来から受け継いでいる「当たり前」を見直すことから始める必要があります。
―なるほど。成長モデルのお話から人事部門の在り方、グローバル人材の採用と育成まで多岐にわたるお話をありがとうございました。
※インタビュアー:須東 朋広
【略 歴】
独立行政法人 国立公文書館長 加藤 丈夫 様プロフィル
1938年東京都生まれ、61年東京大学法学部卒業、同年富士電機製造株式会社入社。
企画部長、人事勤労部長を経て、1989年に取締役就任後、 1998年代表取締役副社長、 2000年取締役会長等を歴任。
労働政策審議会委員、中央労働委員会使用者委員、学校法人開成学園理事長、
日本能率協会常任理事、日本経団連労使関係委員長、企業年金連合会理事長、
日本年金機構理事、公益財団法人日本オペラ振興会理事、
一般社団法人日本工業倶楽部理事などの要職も歴任。
国立公文書館HP:http://www.archives.go.jp/