《キャリア権雑録シリーズ1》 キャリア犬とキャリア権?

《キャリア権雑録1》
キャリア犬とキャリア権?

1.職業犬(キャリア・ドッグ)

 職業をもつ犬(dogs with a job)はたくさんいる。盲導犬、警察犬、麻薬捜査犬、救難介助犬、牧羊犬などである。それらの犬は、人間とその社会に一定の寄与をする仕事(任務)をもつので、職業犬(career dog)と呼ばれる。

①そうした犬たちは、一定の基礎能力と適性を評価され、職業犬としてのキャリア準備をする。

②職業犬のキャリア準備は、飼い主自身による個別訓練の場合もあるが、現在では多くが訓練学校に委ねられる。そこでは、専門の訓練士によって、一定期間、体系的な訓練を受ける。

③訓練終了後、業務に就く。その際は、飼い主がすでに決まっていて、その意向で訓練を受け、当該飼い主のために業務を行う場合と、飼い主が未定でマッチングを経て買い取られて業務に就く場合と、さらに、飼い主が当該犬を利用者に貸し出す場合とがある。

④業務処理で能力を発揮する犬には、次のような特徴がある。
1)基礎能力(知力、体力、学習力など)がある。
2)専門能力(知識、技能、経験など)がある。
3)適性がある -- 熱心で、明るく、協調性があり、人を助けようとする気持ちがあり、仕事への好奇心、集中力などもある。
4)飼い主やサービスの対象者との間で信頼関係が築ける。

⑤職業犬も、仕事をしながらOJT(仕事に就きながらの訓練・経験蓄積)でさまざまなことを学び、キャリアを展開させ、充実させていく。時には、Off-JT(仕事を離れての訓練)で追加訓練を受けることもある。

⑥犬は寿命が短いので、職業キャリアを展開する期間は数年であり、サービスの対象者は通例、何匹もの職業犬と関係して人生を送っていく。

⑦職業犬は、知的、肉体的能力に衰えが起きると、職業キャリアを終息させる。その後は、引退犬生が待っている(その引取先を探す団体もある)。これらは、何と人間の職業キャリア展開と似ていることか。

2.職業動物もいる

そうした視点で眺めてみると、犬以外にも、馬、牛、ラクダ、ロバなど、どれも職業キャリアを展開することがある(海外ドラマを見ていたら、競走馬について、キャリアという言い方がなされていた)。

 猿回しの猿といった伝統的職業もある。限られた場合には、猫や蛇などでも、モデルなどの役割で職業キャリアが想定されうる。癒しの役割を考えると、多くのペット動物には、ある種の「仕事」キャリアが認められる(考えようによっては、食肉用に飼育される家畜や実験動物なども、一種の職業キャリアをたどるといえなくはない)。

 職業をもつ動物(animals with a job)である。ただし、このジョブは人間にとって経済的な意味があるという意味であり、たんに愛玩用で飼い主を癒しているというだけでは、個人的または社会的な意味があっても、キャリア・アニマルには当てはまらないようだ。

 こうした他の動物の場合にも、少なからず、犬と同様の職業キャリアの展開過程が考えられる。動物からみて、いずれも受身のキャリア展開である点は、共通して特徴的である。動物が意思をもってキャリア形成をするとは思えない。

 「意思」の存否をどう評価するかが重要な点だろう。そもそも動物には、未来デザイン能力はなく、「効果意思能力」もないと考えるならば、権利主体にはなりえない存在であり、仮に人間に似た職業キャリア展開が認められる場合でも、キャリア権の主体とは認識できない。

3.職業犬のプロ

 そこで、また犬の話にも土手、もし職業犬にも卓越したプロ犬材がいるとしたら、どんな犬になるか?

①専門性が高い=課された役割をはたすのに高いレベルの訓練と適性をもつ。
②倫理性が高い=卑しい犬でなく、怠け者でなく、陰日なたなく飼い主に忠実である。
③社会性が高い=多くの人や犬とうまく協調していける、感じのよい犬である。
 これらはどれも、他者に評価されるプロ人材と同様の要素なのではないか。犬の場合も人間の場合も、意外と③社会性の要素は高い。だから、のべつまくなく、ほえ続けたり、噛み続ける犬は、職業犬のプロとしてやっていくことは難しいだろう。

 プロとは、ある特定職業分野での業績が評価され、園方面で活躍する人(犬など)である。人と犬の共通要素は明快だ。
セミプロとは、以上の条件のどこか、または、どれかにおいて、水準に欠けるものがある場合であり、それ以下はプロ見習いとなる。犬にもセミプロ、プロ見習いがあるだろう。

 プロ見習いにもなれないのは、能力や適性において欠けるものがあり、プロになるための訓練するのは無駄だと判断された犬たちである。あるいは、倍率が厳しく、より能力、適性がある犬がいるので、それらを訓練したら得られるだろう成果に比して、期待ができないというオポチュニティーコストが高い犬たちだろうか。ただし、ある方面を志向する 強い希望がある場合に、そこから落とされたら、人はひどく落ち込む。犬も同様かは、必ずしも明確でない。

4.犬に「キャリア権」があったら……。

 いずれにせよ、人と違って犬には、各種の基本的人権は保障されない。基本的「犬」権に当たるものはないのである。
個々の犬が職業選択の自由や勤労権やキャリア権をもつとは思われていない(他の動物も同様である)。しかし、もし犬にもキャリア権があったら、どのようなことになるであろうか?

a) 教育訓練がいるので、学校へ通う必要がでてくる。
b) 就職のための犬のハローワーク、犬材サービス業が生まれる。
c) 犬の就労条件を適正化するための措置が必要となる。とりわけ犬は自ら契約を結べないので、代理人が必要となる。犬が職業を遂行する上での安全衛生にも配慮が必要となる。
d) 犬の年金制度も考えられないと、よりたくさんの社会貢献をした犬が適切に報われない危険性も出てきて、不公正となる(場合によって、人から世話になった犬への「遺贈」(遺産の贈与)も認める必要がある)。

 とはいえ、犬は意思主体とはならない。自ら望んでキャリアデザインするとは思えない。したがって、犬のキャリア展開は、アクティブ(積極的)なキャリア展開ではなく、もっぱら飼い主らの意向による、パッシブ(受身的)なキャリア展開となる。

 当然、さまざまな条件によって、幸せなキャリア展開もあるだろうし、不幸なそれもあると思われる。そして、そうなるかどうかには、多分に運の要素が関わってくる。どのような才能、適性をもって生まれたか、どのような飼い主と出会うか、また、どのような職業に就くかが、すこぶる運命的なのが犬のキャリア展開の特徴だと考えられる。

 思えば、人間の場合でも、他人任せのキャリア展開になっているときは、なんとこれに似ていることか。
(KO)